読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちかの声色模様♬

関西で声のおしごとをしています。石井ちかです。

恩師との思い出

f:id:c_etoile:20161020222752j:plain

「FMのDJになりたい」
私の夢を叶えてくださった恩師が天に召されました。

1994年7月にスタートしたOBCの朝番組OBCとっておきはつらつワイド」で恩師とは、お仕事をご一緒させていただきました。
23歳で初めてのラジオ番組アシスタント、しかもレギュラーということで毎日が緊張の連続。(それまでは、短大卒業後OBCでアルバイトをしながら、おしゃべりの仕事といえばキャラクターショーの司会ばかりでした。)

初めてのONAIRで、緊張でドキドキしてます。と私が言うと「もぉー、人の名前呼び捨てすんのやめてーやぁ。」とボソっと緊張をほぐして下さる、お茶目な一面も。
とは言え当然ながら、そんな私を初めてだからと、大目に見ることは一切されず「プロのしゃべり手とは」といった、仕事に対する意識の持ち方などを教えて下さいました。

にもかかわらず、初の帯番組レギュラーというチャンスを頂いたのに、力不足により私は8ヶ月で降板。
新しいアシスタントの方に交替。
恩師との最後のONAIR日、他の皆さんから少し離れたところで「お疲れさま。あんな、デモテープ作ってプロフィールと一緒に色んな放送局に送るねんで!」とだけおっしゃいました。

当時、事務所に所属していた私は、番組降板後しばらくしてフリーランスに。

Kiss-FM KOBEでは
ラジオショッピングキャスターとしてお世話になったり
OBCでナイター中継時のスタジオキープなどのお仕事は頂いていたのですが「いつかFMのDJとして自分の番組を持つ」という夢を諦めることは出来ませんでした。

恩師から頂いたアドバイス通り
関西のFM・AMにデモテープを送ってみましたが、どこからも反応はなく「やっぱり無理か。わかってはいたけど厳しい世界…」などと思いながら数ヶ月が経った、ある日のこと『もしもし土◯ですけど。来週、中之島朝日新聞ビルの7階まで僕を訪ねて来て。オーディションあるから。』と、まさかのお電話が…。
伺うと「じゃあ、10分後に始めよか。」とフォーマットを渡され、気が付けばオーディションは終わっていました。その1ヶ月後、FM OSAKAFamilyMart presents GetRadio 」という番組で恩師と再びお仕事をご一緒させて頂けることに。

 *************************

「FMでDJとして自分の番組を持つ」
私の夢が叶いました。

「ライブ情報を伝える番組でしゃべるんやからWHAT’s IN?』『CDでーた』『ROCKIN’ON 』『ぴあ』最低この4冊はいつも買って読んどいてな。あと、自分用のヘッドフォン(今の時代はイヤフォンですかね?)は買っておくといい。いつまでも局にあるヘッドフォン使ってるようじゃアカンで。局に来る時間やけど、収録の時は始まる最低2時間前。生放送の時は3時間前な。局に来て色んな人の仕事の仕方を沢山見て、聴いて勉強するねん。やることは幾らでもある。」

f:id:c_etoile:20161020211141j:plain

今でこそ、AM、FMの垣根もほとんど無くなり、おしゃべりのスタイルも変わらなくなってきましたが、当時は恩師からトークスタイルを切り替えろ」と幾度となくご指導いただきました。

その頃の私は、とにかく噛まずに綺麗に原稿を読む。鼻濁音や無声化などがきちんと出来なければいけない。と、そのことばかりに気持ちが向いていました。

「あんな、AMの朝番組ではニュースや天気予報も読んでたし、そんな感じでも良かってんけど、今、自分が担当している番組はライブ情報を紹介する番組やねん。
聴いてくれてる年齢層も違うよな?自分より年下や、同世代、少し上の先輩とかの人達に、そんなしゃべり方する?いつまでも原稿読んでるようなトークされても、聴いてる人は面白くもなんとも無いやろな。はっきり言って、鼻濁音とか無声化とかリスナーは気にしてないわ。それよりも、もっと自分のキャラクターが感じられるトークをして!」

ある時には「もうさぁ、これからONAIRの時にぬいぐるみ持ってきて。で、そのぬいぐるみを自分の仲良しな友達と思って毎回トークして。ほんまやったら、ラジオの向こうのリスナーを思ってしゃべってほしいけど、それが難しいんやったら、まずはぬいぐるみにしゃべりかけて!」

 また別の時は、恩師をはじめ、恩師の盟友でいらっしゃるディレクターさんや、ミキサーさん、DJさんに囲まれなぁ、いつになったら自分のキャラクターが出るトークが聴ける?技術じゃなくて心が感じられるトークをしてほしいねん。この子には毎週同じこと言ってるねんけどな…。なかなか出来ひんねんなぁ。な?」

不甲斐なさを反省するとともに、心が折れかけている自分もいて来週のONAIRが恐いな…。と思った瞬間。
「来週、局に来るのん嫌やなぁ。って思ってるんかも知らんけど、来週もいつもの時間に集合。出社拒否とかないからな。はい、お疲れ。」
恩師…エスパーでした。

お仕事をさせて頂いている、いないに拘らず、たくさんのFM番組で「このDJさんのおしゃべり素敵だな。」と思う方々のトークを聴いては研究し、分からないながら模索していると…。
「あんな、色々やってみようとしてる努力は認める。ただ、自分はカッコイイとか、スタイリッシュなトークが似合うタイプでもないし、そもそも出来ひんねんから【明るくて柔らかい。それプラス聴いてる人に誠実さが伝わるDJ】を目指してみ。そういうDJって意外と居てそうで居てないから。今は、それがどんなトークなんか理解できひんかも知らんけど、それが分かるようになったら、今よりイケてるDJになってるんとちゃうか。」

 ある日、ご一緒していたミキサーさんから「あのFamilyMart presents GetRadio」のオーディションって、てらちかの為だけのオーディションやったんやで。土◯さんが『原稿やニュース読みはある程度出来る子です。フリートークがまだまだなんですけど、鍛えたら使えるDJになると思うんで。』ってプロデューサーに言うてくれてはってん。あの土◯さんが、そう言うんやったらその子使ってみようかってことで、てらちかは選ばれたんやで。土◯さんのことやから、あなたには絶対言ってないと思うけど。」と…。

ミキサーさんがお話下さった通り、恩師は、最後まで私にそんなことは一切おっしゃいませんでした。

その後も、特番などでお声がけ下さり、その都度大切なことを教えていただきました。恩師に褒めて頂いたのは数える程でしたが「今日の曲紹介のあの感じ良かったで!同録聴いてイメージ掴んどき。」「今まで散々なオープニングトークしか聴かれへんかったけど、今日のは面白かったな。」など褒められたことは、いま思い出しても嬉しいです。

至らない私を、DJとして一人前になれるよう
基本的なことからテクニック的なことまで徹底的に叩き込んでくださいました。厳しくも温かくご指導いただいた思い出ばかりが思い起こされてなりません。
アドバイスを頂いた通りのDJに私は成長できたのでしょうか。恩師に直接伺ってみたかったです…。

安らかに憩われますよう心よりお祈りいたします。